
精神科での実習において、看護学生さんが悩みやすい関わりのひとつに、「幻覚や妄想のある人には、否定も肯定もしない」という原則があるのではないでしょうか。
この言葉、教科書や講義、実習オリエンテーションなどで一度は耳にしたことがあると思います。しかし、いざ実際の場面に立つと、
「否定しちゃいけないのは分かるけど、じゃあどう返事をすればいいの?」
「肯定もダメって言われると、何も言えなくなる…」
と戸惑ってしまう学生さんは少なくありません。
今回は、そんな「どう関わればいいのか分からない」という思いへのヒントとして、幻覚と妄想それぞれへの関わり方を整理してみたいと思います。
幻覚とはどのような体験か
まず「幻覚」についてです。
幻覚とは、実際には存在しない刺激を、現実にあるものとして知覚してしまう体験のことを指します。
代表的なものには、
- 誰かの声が聞こえる幻聴
- 人や物が見える幻視
- 触られている感覚がある幻触
などがあります。
重要なのは、これらが「本人にとっては非常にリアルな体験」であるという点です。
周囲の人には見えず、聞こえず、触れられないものであっても、本人の中では確かに存在しています。
そのため、
「そんなものはいないよ」
「聞こえるはずがない」
といった否定的な言葉を向けられると、本人は強い孤独感や不安を感じやすくなります。
「誰にも分かってもらえない」「自分はおかしいのではないか」といった思いが強まり、苦しさが増してしまうこともあります。
幻覚への関わりのポイント
幻覚のある人への関わりで大切なのは、幻覚そのものの内容に焦点を当てないという点です。
看護師や学生は、幻覚を一緒に体験することはできません。
しかし、その幻覚によって生じている「不安」「怖さ」「落ち着かなさ」といった感情には寄り添うことができます。
たとえば、
「それは本当に怖い体験ですね」
「落ち着かなくなりますよね」
といった声かけは、幻覚の存在を肯定することなく、本人のつらさに共感する関わりになります。
このような関わりを通して、本人の中にある比較的健康的な部分、つまり「安心できる感覚」や「人とつながれる感覚」を少しずつ強めていくことが期待できます。
妄想とはどのような体験か
次に「妄想」について考えてみましょう。
日常会話の中で、「それは妄想だよ」と冗談交じりに使われることがありますが、臨床でいう妄想はそれとは異なります。
妄想とは、事実ではない内容を、強い確信をもって信じ込んでいる状態を指します。
周囲がどれだけ説明したり、否定したりしても修正されず、その確信が揺らがない点が特徴です。
たとえば、
「誰かに監視されている」
「周囲の人が自分を陥れようとしている」
といった考えが、本人の中では揺るぎない事実として存在しています。
妄想への関わりのポイント
妄想のある人への関わりでも、基本的な考え方は幻覚の場合と共通しています。
つまり、妄想の内容そのものに踏み込まないということです。
「それは事実じゃないですよ」
「考えすぎです」
と直接否定してしまうと、本人は理解されていないと感じ、防衛的になりやすくなります。一方で、妄想によって生じている感情、たとえば不安や恐怖、怒りなどには共感することができます。
「それだけ疑われていると感じたら、不安になりますよね」
「怖い気持ちが続いているんですね」
といった関わりは、妄想を肯定することなく、本人の体験を受け止める姿勢を示します。また、妄想の確信が一時的に弱まる場面があることも知られています。
そのようなタイミングを見逃さず、現実的な視点に気づけるよう支援していくことが、回復を支える関わりにつながります。
「否定も肯定もしない」をどう捉えるか
ここまでを踏まえると、「否定も肯定もしない」という言葉は、次のように整理できるかもしれません。
- 幻覚や妄想の内容は肯定しない
- 幻覚や妄想によって生じているつらさや感情は否定しない
この視点を持つことで、「何も言えない」という状態から一歩進み、看護としてできる関わりが見えてくるのではないでしょうか。
おわりに
幻覚や妄想のある人への関わりは、精神科実習の中でも特に難しさを感じやすい場面です。
正解を探そうとすると戸惑ってしまいますが、「相手の体験をどう受け止めるか」という視点を大切にすると、関わりのヒントが見えてきます。
今回の内容が、実習中に悩んだときの小さな道しるべになれば幸いです。
