
精神看護の現場では、不安、抑うつ、幻覚妄想、依存、対人関係の困難など、さまざまな症状を抱えた人と関わります。
しかし、その症状の背景に「トラウマ体験」が存在していることは、決して珍しいことではありません。
トラウマインフォームドケア(Trauma-Informed Care:以下TIC)では「3つのE」を理解することが重要とされています。トラウマとなる出来事(Events)があったとき、出来事をどう体験(Experiences of Events)したか、それによって本人にどのような影響(Effects)が出ているか、について理解することが重要という意味です。
これは特定の治療技法を指す言葉ではなく、支援やケアに関わるすべての人が共有すべき“姿勢”や“文化”とも言えると私は思います。
- トラウマとは何か ― 精神看護で押さえておきたい基本
- 症状の裏側にある「生き延びるための反応」
- 精神看護におけるトラウマインフォームドケアの6原則
- 「何が悪いのか?」から「何があったのか?」へ
- 精神看護におけるTICの実践は「特別なこと」ではない
- おわりに
トラウマとは何か ― 精神看護で押さえておきたい基本
トラウマとは、生命や尊厳を脅かすような体験によって、心や身体が強い衝撃を受け、その影響が長く残ってしまう状態を指します。
代表的なものには、
- 虐待やネグレクト
- DVや性暴力
- 事故や災害
- いじめやハラスメント
- 身近な人との死別
などがありますが、重要なのは「出来事そのもの」ではありません。
同じ体験をしても、トラウマになる人もいれば、ならない人もいます。
つまりトラウマとは、「その人の心と身体にとって、耐え難かった体験」であり、本人の主観が何よりも重視されるのです。
症状の裏側にある「生き延びるための反応」
精神看護の現場で見られる行動や反応の中には、一見すると「問題行動」「困った反応」と捉えられがちなものもあります。
- 些細なことで強い怒りを示す
- 人を信用できず、支援を拒否する
- フラッシュバックや解離が起こる
- 指示や制限に強く反発する
しかしTICの視点では、これらを「過去のトラウマから身を守るために身につけた反応」として理解します。
その人にとっては、“今もなお危険な世界を生き抜くための工夫”なのです。
この視点に立つことで、看護師の関わりは大きく変わります。
精神看護におけるトラウマインフォームドケアの6原則
TICでは、以下の6つの原則が大切にされています。
① 安全(Safety)
身体的・心理的に「ここは安全だ」と感じられる環境づくり。
大きな声、急な接触、強制的な対応は再トラウマ化のリスクになります。
② 信頼性と透明性(Trustworthiness & Transparency)
「何をするのか」「なぜ必要なのか」を丁寧に説明すること。
説明されない処置や対応は、不安や恐怖を強めます。
③ ピアサポート(Peer Support)
同じような体験を持つ人とのつながりは、回復を支える大きな力になります。
④ 協働(Collaboration)
「支援する側/される側」ではなく、一緒に考える関係を築くこと。
⑤ エンパワメント(Empowerment)
本人の強みや回復力に目を向け、選択する力を取り戻していく支援。
⑥ 文化・歴史・ジェンダーへの配慮(Cultural, Historical, Gender Issues)
背景にある文化や差別、社会的要因にも目を向ける姿勢。
これらは、精神看護で日頃大切にしている価値観と深く重なっています。
「何が悪いのか?」から「何があったのか?」へ
トラウマインフォームドケアの最大の特徴は、評価の軸が変わることです。
✖️「なぜ守れないの?」
✖️「どうして協力できないの?」
ではなく、
○「この人は、どんな経験をしてきたのだろう?」
○「この反応には、どんな意味があるのだろう?」
と問い直します。
この視点の転換は、対象者だけでなく、看護師自身をも守るケアになります。
理解できない行動に振り回されるのではなく、「意味のある反応」として捉え直すことで、関係性は穏やかになります。
ここで注意したいのは、過去の出来事については、無理に聞き出そうとしなくても良いということです。聞き出すのではなく、想像で良いのです。のちに本人から語られた時に、受け止めることができれば良いと思います。
精神看護におけるTICの実践は「特別なこと」ではない
トラウマインフォームドケアは、決して新しい技術を身につけることではないと考えています。
- 急がず、相手のペースを尊重する
- 説明と同意を大切にする
- 選択肢を提示し、決定権を本人に戻す
- 安心できる関係づくりを最優先にする
これらは、精神看護の基本そのものだと思います。そこに「トラウマの可能性を常に念頭に置く」という視点を加えることが大切なのだと思います。
おわりに
トラウマインフォームドケアは、「トラウマを抱えた人だけのケア」ではないと思います。
誰もが、いつトラウマを抱える側になるかわからない。だからこそ、すべての人にとって安全で、尊重されるケアが必要なのです。
精神看護は、人の「弱さ」だけでなく、回復する力、生き延びてきた力に光を当てる看護です。
トラウマインフォームドケアの視点は、その本質を、あらためて私たちに思い出させてくれ流ような気がします。
